Replay Collection
05 / 07みらととシャッハ

リプレイ小説『ロールシャッハ・シンドローム』#

原作シナリオ:ディズム『ロールシャッハシンドローム』
セッション:PL ミラン・ケストレル・立伝都々/DL 雪城眞尋「#みらととシャッハ」
動画:https://www.youtube.com/watch?v=WkWxcTShiuk

これから観測される結末は、確定していないが避けようのない厄難だ。
願わくは、閉じて開いた対称の輪郭が、鮮やかであらんことを。

登場人物#

ミラン・ケストレル
『決して怪しくない』と念を押すほど怪しく見える、飄々とした何でも屋。知識と観察力で異変を追い、都々の突進を受け止めながら、レイを帰す道を探す。

立伝都々
思い立てば先へ進み、草を見れば引き抜いて確かめる行動派。豪快さは無鉄砲にも見えるが、目の前の誰かを助けたいという願いに迷いはない。

レイ
病気の母を救う薬草を求めて山へ来たと語る高校生。方向にも体力にも不安を抱えながら、二人を信じて歩く。反復する世界では、救われる側から三人の帰路を選ぶ一人へ変わっていく。


第一章#

古いバスのエンジンが、床板を低く震わせていた。窓の外には夏の山が迫り、濃い緑の切れ間から谷が覗く。カーブを曲がるたびに車体が傾き、三人しかいない客の身体を同じ方向へ揺らした。

立伝都々は窓へ顔を寄せ、流れていく景色を楽しんでいる。向かいの席では、高校生のレイが青い顔で背もたれに沈んでいた。

「山の景色、すごく綺麗。レイちゃんも見てみたら?」

「すみません。少し、乗り物に酔ってしまって」

「大丈夫? 誰か酔い止めを持ってない?」

青いマントを羽織ったミラン・ケストレルが、鞄の中を探すふりをする。

「薬草なら、この山で見つかるかもしれないね」

「それは、母の病気を治すための薬草です。酔い止めに使ってはいけないと思います」

レイの言葉へ、都々はようやく今日の目的を思い出したように振り返った。

「そうだった。お母さんの病気を治す薬草は、山のどの辺にあるの?」

「詳しい場所は分かりません。この山にあるという噂を聞いただけなので」

「噂でも、来て探さなきゃ始まらないよ。都々はお助け部、みんなの味方だからね」

「火のないところに煙は立たないとも言う。調べる価値はあると思うよ」

二人の返事に、レイは深く頭を下げた。

「本当にありがとうございます。噂だけなのに、来ていただけて心強いです」

「ところで、名前は何だっけ」

都々が悪びれず尋ね、レイは目を瞬かせた。

「レイです。好きに呼んでください」

「じゃあ、レイちゃん。私は都々お姉さんで」

「都々お姉さん。よろしくお願いします」

レイは隣の男へ視線を移した。ミランは胸へ手を当て、芝居がかった会釈をする。

「僕はミラン。決して怪しくないミランです」

「『決して怪しくない』が名字で、ミランさんがお名前ですか?」

「違うよ、レイちゃん。そこまでを名字にしたら、かえって怪しいでしょう」

「最初から十分怪しいけどね」

「都々さんは黙っていようか」

軽口を交わす二人を見て、レイの強張っていた肩が少し下がった。

「ミランさんと都々お姉さんは、いつも一緒にお仕事をされているのですか」

「都々のお助け部は、困っている人なら誰でも助けるよ」

「ミランは何でも屋。都々さんに振り回されるのも、仕事の一部みたいになっている」

「今のところ、依頼料のお話をしていませんでした」

レイが不安そうに鞄を押さえると、都々は大きく手を振った。

「心配しなくていいよ。薬草が見つかったら、その辺のどんぐりでももらおうかな」

「それでは、お仕事にならないのでは」

「都々さんの経営感覚は、あとで僕が何とかする。レイちゃんは、お母さんのことだけ考えていればいいよ」

レイは小さく礼を言い、窓の外へ目を向けた。その横顔には安堵だけでなく、何かを言えないまま呑み込んだような影があった。

やがてバスは、山頂近くの古びた停留所へ着いた。外へ出ると、熱を持った舗装路と木陰の冷気が同時に肌へ触れる。時刻表によれば、次のバスは二時間後。その次はさらに一時間以上先だった。

「二時間あれば、山頂まで登って下りてこられるよね」

「何かあれば、歩いて帰ればいい」

ミランの提案に、レイは山の下へ続く車道を見て顔を曇らせた。

「歩いて帰るのは、少し……」

「レイちゃんもいるんだから、二時間で戻ろう。都々さんも勝手に先へ行かないように」

「任せて。何かあったら、二人を抱えてでも下りるから」

「それが心配なんだよ」

参道は木漏れ日の中を緩やかに登っていた。だが石段は不揃いで、湿った土が靴底へ貼りつく。レイの歩調を気にしながら進むうち、都々は虫の多さに顔をしかめた。

「ミラン、そのマントを貸して」

「何に使うつもり?」

「虫よけ。こう、振り回せば寄ってこないでしょう」

「絶対に貸したくない。そもそも、その露出の多い服で山へ来るからだよ」

「これは仕事衣装なの」

「虫よけになる薬草があれば、燃やすといいかもしれません」

「レイちゃん、山で火を使うのはやめておこうね」

都々は諦めず、上半身を左右へひねりながら歩き始めた。腕が風を切り、近づいた虫を追い払う。

レイは呆気に取られた。

「都々お姉さんは、いつもこのような感じなのですか」

「いつもだよ。物理的にも精神的にも、周りを振り回している」

「聞こえてるよ、ケストレル」

「さて、先へ進もうか」

都々は道端の草を一本引き抜き、日に透かした。

「これが薬草じゃない?」

ミランが葉の形を確かめ、静かに首を横へ振る。

「違うね。分からない草をむやみに抜いて、そこへ捨てない」

「自然に優しくないことをしてしまいました。ごめんなさい」

殊勝に頭を下げた都々は、数歩先で別の草へ手を伸ばした。ミランが無言でその手首をつかむ。

「薬草の形は、何か聞いていないの?」

「そこまでは分かりません。噂を教えてくれた人も、山にあるとしか」

「それだと、山中の草を全部確かめることになるね」

「見つかるまで抜けば、いつか当たるでしょう」

「都々さんが山を丸裸にする前に、僕が止めないといけないらしい」

レイは笑ったあと、息を整えるために立ち止まった。都々がすぐに戻り、背中を覗き込む。

「疲れた? 荷物を持とうか」

「大丈夫です。お二人の足を引っ張りたくありません」

「依頼人を置いていく方が、よほど仕事にならない。ゆっくり行こう」

ミランが歩調を落とすと、都々も珍しく先を急がなかった。

木々の壁が不意に途切れた。円形に開けた空地の奥に、風雨で色を失った祠が一つだけ建っている。人の気配はなく、鳥の声もそこだけを避けているようだった。

「薬草より先に、何かありそうな物を見つけたね」

「触らぬ神に祟りなし、と言いますが」

ミランが注意を口にしている間にも、都々の手は祠の戸へ伸びていた。

「私の手は、勝手に伸びていきます」

「勝手ではないよね。都々さんの意思だよね」

第二章#

祠の戸を開けると、御神体ではなく、一枚の札が貼られていた。紙の端は崩れ、墨の文字も擦れて読めない。

ミランは戸口へ身を屈め、札へ目を凝らした。

「祀っているというより、何かを封じているように見えるね」

「難しいことを言ってないで、お参りしようよ」

都々は先ほど抜いた草を供えようとした。ミランが眉を上げる。

「いらなくなった物を祠へ置くのは、お供えとは言わない」

「何もないよりいいでしょう」

「私は飴を持っています。葉っぱだけでは寂しいので、これも置きます」

レイが包み紙の綺麗な飴を札の前へ置く。都々は満足そうに彼女の頭を撫でた。

「偉い、偉い。願い事をすれば、きっと叶うよ」

「都々お姉さんは、何を願いますか」

都々は手を合わせ、目を閉じた。

「今一番の願いは、レイちゃんのお母さんを治す薬草が見つかること」

「僕は、掘り出し物の機材が見つかりますように、かな」

「ミランさん、ここで仕事の仕入れを願うのですか」

「それなら私も、お母さんの病気が治りますように、とお願いします」

三人は並んで祈った。都々は札へ向かい、低い声で念を押す。

「絶対に叶えてくださいね」

「都々お姉さんの方が、祠より少し怖いです」

「今、聞こえたよ」

「耳がよろしいのですね」

都々はもう一度、祠へ顔を寄せた。

「願いを叶えてくれなかったら、今度はもっと飴を持ってくるからね」

「脅しているのか、買収しているのか、どちらなんだい」

「お願いしてるだけだよ。レイちゃんのお母さんが元気になるように」

「ありがとうございます。私も、何かお返しができるようにします」

「元気になったって聞かせてくれれば、それで十分」

その言葉に、レイは一瞬だけ目を伏せた。すぐに笑顔へ戻ったため、都々は気づかなかった。ミランだけが、その短い沈黙を記憶の隅へ置いた。

祠の戸を閉め、三人は再び山頂を目指した。

ほどなく、参道脇の岩肌に洞窟が現れた。奥は暗いが、山頂への道はその横を通っている。入らなくても先へ進める場所だった。

「こういう所にこそ、珍しい薬草がありそう」

「日の当たらない洞窟で育つ薬草は、限られると思うけどね」

「月の光で育つとか、あるかもしれないでしょう」

レイは暗がりを覗き、不安そうに二人を見る。

「怖いので、お二人に先へ行っていただいてもいいですか」

「もちろん。都々お姉さんに任せて」

都々がレイの手を取り、ミランが先頭へ立った。

内部はすぐ行き止まりになっていた。土と岩以外、薬草も獣も見当たらない。都々が岩壁へ耳を当てたが、聞こえるのは自分たちの呼吸だけだった。

「意外と浅かったね。雨が降ったら雨宿りには使えそう」

「水も滴るいい女って言うでしょう」

「それは雨に濡れる話じゃないよ」

「都々お姉さんは、本当に楽しい人ですね」

「いつも周りの人は困っているよ」

「誰が困らせてるって?」

「さあ、何のことでしょうか」

山頂へ出ると、幾重にも重なる山並みと、その向こうの町が一望できた。風が草の穂を伏せ、登りで火照った肌から熱を奪っていく。

都々が胸いっぱいに息を吸った。

「ヤッホー!」

声は返ってこなかった。

「向こうに山がないと、山びこは返ってこないんだね。レイちゃんもやってみる?」

レイはためらい、小さな声を出した。

「やっほー」

「もっとお腹から。もう一度!」

「やっほー!」

「いい声が出たね。返事は来ないけど」

「では、今の練習は何のためだったのでしょう」

ミランの冷静な指摘に、三人は顔を見合わせて笑った。

「声を出したら、元気になったでしょう」

「確かに、登ってきた疲れは少し忘れました」

「都々さんの行動にも、たまには意味があるんだね」

「いつもあるよ。ミランに分からないだけ」

三人は景色を見渡しながら、草の色や葉の形を確かめた。都々は気になる物へ一直線に進み、ミランはその後で毒草ではないか確認する。レイは二人の間を往復し、採った草を丁寧に並べた。

草むらを探しても、目当ての薬草は見つからなかった。都々は一本ずつ確かめ、ミランは形や匂いを見比べ、レイも膝をついて葉の裏まで覗いた。だが時刻だけが過ぎていく。

ミランが懐中時計を開いた。

「帰りの時間を考えると、そろそろ下りた方がいい」

「今日は収穫なしか。じゃあ、明日も来よう」

「一週間ぐらい空けない?」

「どうして。ミランは忙しくないでしょう」

「忙しいよ。たまに外へ出てもいいと思ったから来ただけで」

レイは申し訳なさそうに二人を見る。

「次も一緒に探していただけるのですか」

「もちろん。見つかるまで山だよ」

「僕も付き合う。知識が必要になるかもしれないからね」

「ありがとうございます」

「明日も来るなら、もっと早いバスにしよう。二時間では、山頂を少し探しただけで終わってしまう」

「ミラン、明日は忙しいって言ってなかった?」

「たまに外出が必要だと思う日が、明日も続くだけだよ」

「素直に暇だって言えばいいのに」

「決して暇ではない。依頼の継続に責任を持っているんだ」

レイは二人のやり取りを見て、声を立てて笑った。山へ来てから初めて、遠慮のない笑いだった。

三人は山を下り、帰りのバスへ乗った。座席へ身体を預けると、規則的な揺れが足の疲れを眠気へ変えていく。

「明日は、もっと早い時間に来た方がいいね」

都々の言葉へ答えようとした瞬間、鋭いブレーキ音が響いた。

第三章#

レイが目を開くと、祠の前に立っていた。

「お母さんの病気が治りますように」

自分の口から、さきほどと同じ願いがこぼれる。戸は閉じられ、供えた飴は元の場所にある。木漏れ日の角度も、山の匂いも、祈りを終えた直後と同じだった。

ミランと都々には、帰りのバスの記憶が残っていた。レイは今から山頂へ向かうつもりで、二人の顔を不思議そうに見ている。

ミランは懐中時計を開いた。針は最初に祠へ着いた時刻を示していた。

「都々さん。少し、二人で話せるかな」

レイから距離を取り、二人は声を落とす。

「僕たちは、帰りのバスへ乗ったはずだよね」

「ブレーキ音がして、その先の記憶がない。なのに、またここにいる」

「時間か空間が、閉じているような感じがする」

その時、ミランの左足と都々の右足へ鋭い痛みが走った。傷はない。だが骨の奥だけが、これから起こる事故を先に知ったように疼く。

「祠を触ったせいじゃない?」

「触らぬ神に祟りなしと言ったのに、開けたのは都々さんでしょう」

「最初に手を伸ばしたのはミランだった気がするけど」

二人の声が大きくなり、レイが心配そうに近づいてきた。

「どうかしましたか」

「何でもないよ。少し足が疲れただけ」

二人は異変を隠し、もう一度山頂へ向かった。

レイは二人の不自然な歩き方へ何度も視線を向けた。

「本当に大丈夫ですか。都々お姉さんは右足、ミランさんは左足を庇っているように見えます」

「山道で少し筋肉を使っただけ。レイちゃんは、どこか痛くない?」

「私は疲れたぐらいです。痛む場所はありません」

「それならよかった。何かあれば、すぐ言ってね」

都々は笑ってみせたが、レイが前を向いた途端に表情を歪めた。

「さっきのブレーキ音と、この痛み。関係があると思う?」

「まだ分からない。ただ、最初の一日にはなかった現象だ」

「祠を壊したら戻るかな」

「余計に悪化しそうだから、絶対にやめよう」

洞窟へ入ると、最初にはなかった物が増えていた。割れたランプに火が灯り、車体から外れたようなヘッドライトが岩壁を照らしている。炎と光の間に、左右対称の大きな影が揺れていた。

都々は消火しようと、ミランのマントをつかんだ。

「ちょっと、何をするの」

「火を消す。マントを貸して」

「これは大事な物なんだ。勝手に剥ぎ取らないで」

「燃えたら困るでしょう。火を消す方が先」

「僕のマントを燃やして火を消す、という発想がすでにおかしいよ」

「では、私の上着をお使いください」

レイが制服の上着へ手を掛け、二人は同時に止めた。

「レイちゃんは、そのままでいい」

「都々さんの斧で風を送るぐらいにしておこう。岩へ火花を散らさないようにね」

都々が斧を振るたび、炎は消えるどころか大きく揺れた。煙も熱もあるのに、燃料だけが見当たらない。ヘッドライトが照らす影も、呼吸する生き物のように膨らんだ。

レイは影を見つめた。

「ロールシャッハ・テストのようですね」

「ロールパンケーキ?」

「パンケーキではありません。紙へインクを落として二つ折りにし、左右対称の染みが何に見えるか答えるテストです」

「なるほど。それなら、ドラゴンに見える」

都々が影の両端を指さした。

「ここが角で、こっちが翼。強そうでしょう」

ミランは少し離れて眺めた。

「八本の足を持つ蜘蛛かな」

「ドラゴンだよ」

「正解を競うテストではないんです。私は、狐の目に見えます」

「ドラゴンを見たことがあるの?」

レイが尋ねると、都々は当然のように胸を張った。

「あるよ。強かった」

「本当にいらっしゃるのですね」

「レイちゃん、都々さんの話は半分ぐらいに聞いておいた方がいい」

「何を言うの。ミランだって、八本足の蜘蛛を見たことがあるの?」

「蜘蛛なら見たことがある。ドラゴンよりは一般的だよ」

「お二人が何を見てきたのか、少し気になります」

影を前にした冗談は、恐怖を薄めるためのものだった。けれどレイは二人の話を聞くうち、ここへ来る前から二人が共有していた時間を羨ましそうに見つめていた。

三人の答えが出揃った時、声ではない言葉が頭蓋の内側へ流れ込んだ。

――時間が来れば、影は実体を取り戻す。痛みは予感。解決の方法は一つしかない。

レイが瞬きをする。

次に目を開けると、また祠の前だった。ミランたちの痛む場所は変わり、レイだけが何事もなかったように祈りを終える。

祠の札を確かめると、墨の並びが最初とは左右反対になっていた。鏡写しの文字と洞窟の影が、同じ異変の一部であることは疑いようがない。

「ミランさんは、お札の文字を読めるのですか」

「ミランは目からビームを出して、見えない物を透視できるんだよ」

「本当ですか」

「出ないよ。都々さん、レイちゃんに変なことを教えない」

「今日は調子が悪いのかもしれないね」

ミランは深く息をつき、札から二人へ顔を戻した。

「レイちゃん。落ち着いて聞いてほしい。僕たちは、この光景を見るのが四回目なんだ」

「この山へ四回来た、という意味ですか」

「違う。同じ時間を繰り返しているの」

都々は自分の頬をつねってもらい、夢ではないと確かめた。説明を聞いたレイは膝の上で手を握り、しばらく考え込む。

「心理テストのあとに、戻っているのですか」

「影を見た時と、別の思考実験をした時にね。何か心へ強く働きかける問いが、きっかけなのかもしれない」

「一回目は、普通に山頂まで行って帰りました。二回目は影を見て、三回目は別の話をして戻った。完全に同じではないんだ」

「痛む場所も、毎回違う。都々は右足、次は頭。ミランも左足から右足へ変わった」

「痛みは、戻るたびに消えているのですか」

「前の痛みは消えて、別の場所が痛くなる。だから、思念の『予感』という言葉が気になる」

レイは頬へ手を当て、何度も状況を整理した。

「私は毎回、祈りの直後から始まる。お二人だけが、先のことを覚えているのですね」

「今のところはね。レイちゃんを混乱させたくなくて隠していた。ごめん」

「謝らないでください。お話ししてくださって、ありがとうございます」

レイは本で読んだという、食べ方に関する心理テストを思い出した。

「好きなものを食べる時、お二人はどうしますか。順番を迷う、早く食べて次へ進む、黙々と食べる、少しずつ残す。この四つから選んでください」

「早く食べて次。いっぱい食べたいから」

都々が即答すると、ミランも同じ答えを選んだ。

「せっかくのバイキングなら、できるだけ多くの種類を食べたいからね」

「都々も。おいしいものは、たくさん食べたい」

「その答えを選ぶ人は、恋愛でも早く結果を求めるそうです。気になる人ができたら、自分から積極的に近づくタイプですね」

「でも、付き合って相手を知ると、急に冷めやすい傾向もあるんだろう?」

ミランが先回りすると、レイは目を丸くした。

「どうして分かったのですか」

「心理テストには、よくある続きだからさ」

「よく分からないけど、友達になりたい人がいたら、都々から何度でも声をかけるよ」

「都々お姉さんは、太陽みたいな人です。友達になりたい相手がいたら、すぐ声をかけそう」

「そんなに褒めても、何も出ないよ」

「お世辞ではありません。ずっと一緒にいたいぐらい、温かいです」

都々は照れ隠しに、レイの髪をわしゃわしゃと撫でた。

何も起きなかったため、三人は別の話を試した。

「病院で目を覚ますと、有名なバイオリン奏者と一本の管でつながれている。奏者が助かるには、九か月そのままでいる必要がある。二人なら、残りますか」

レイの問いに、都々は即答した。

「残るよ。その人が助かって、あとで笑ってくれるなら、九か月ぐらい平気」

「相手が有名だからですか」

「誰でも同じ。知らない人でも助ける」

ミランは少し考えてから、首を横へ振った。

「僕は断るかもしれない。九か月後に確実に助かる保証がないなら、双方の時間を失う可能性もある」

「自分の自由を優先するということですか」

「無駄になる可能性まで考える、ということかな。相手が若い人や大切な人なら、答えは変わるかもしれない」

レイは都々と同じく、残る方を選んだ。

「母も病気ですから、同じような人を放っておけません」

「レイちゃんは優しいね」

都々がまた髪を撫でると、レイは困ったように笑った。

「都々お姉さんとは、少し理由が違います。私には、病気の人を待つ家族の気持ちが分かるから」

「理由が違っても、助けたいって答えは同じだよ」

「ミランさんは、効率を考えて断る。都々お姉さんは、相手を見ずに助ける。どちらも、その人らしい答えなのですね」

「心理テストというより、思考実験だね。正解がある話ではない」

「難しい話をしたら、頭が痛くなってきた」

「都々さん、それは思考のせいではなく、また異変の痛みかもしれないよ」

三人の表情から、笑いが消えた。

答えが出た瞬間、思念が流れ込んだ。レイが瞬きをし、世界がまた祠の前へ戻った。

第四章#

新しい反復で、参道の中央に黒い箱が現れた。

艶も継ぎ目もなく、木漏れ日さえ吸い込む正方形。近づくほど、鳥や虫の声が遠ざかるように感じられる。

「嫌な感じがします。触らない方がいいと思います」

「でも、この向こうが山頂だよ。斧を投げてみる?」

「投げたら取りに行かなければならないよ。一度、引き返そう」

三人が箱を避けて通ろうとした時、内側で雑音が弾けた。

『乗員四名のうち一名は軽傷。三名が車内に取り残されている模様。応援を求む』

それは未来の報告とも、すでに起きた事故の残響とも聞こえた。三人と運転手を合わせれば、乗員は四名になる。

続いて、思念が告げる。

――ブレーキ音のあと、世界は収束する。無傷が揃ったとしても、保証はない。

「僕たちは、帰りのバスで事故に遭った。その直前に、ここへ閉じ込められたんだと思う」

「痛みは予感って言ってた。今痛む場所が、事故で怪我をする場所なのかもしれない」

「レイちゃんだけ痛くないなら、無線の軽傷者はレイちゃんなのかな」

「運転手さんが軽傷の可能性もあるよ。そうすると、僕たち三人が車内に残されている」

「でも、運転手さんはこの山にいない。ここが生きている側と死ぬ側の間なら、何が違うのかな」

「ブレーキ音の前に山を下りなければ、事故を避けられるかもしれない」

都々の案に、ミランは険しい顔をした。

「バスへ乗らなければ、運転手が別の場所で事故に遭うかもしれない。僕たちだけ助かっても、解決とは言えない」

「じゃあ、一便見送る?」

「それも同じだよ。事故そのものが起きるかは分からない」

二人が事故を避ける方法を話し合う間、レイは何か言いかけて口を閉じた。だが都々の頭痛も、ミランの足の痛みも、説明していないはずなのに知っているような言葉をこぼした。

ミランが視線を細める。

「レイちゃん。どうして、都々さんの頭が痛かったことを知っているの?」

「しかめ面をしていたから、そう思っただけです」

「僕の足についても、知っていたように聞こえた」

逃げ場を失ったレイは、俯いた。肩が小さく震えている。

「ごめんなさい。私は、ずっと繰り返していました」

都々はしゃがみ、レイと目の高さを合わせる。

「ずっとって、どのくらい?」

「五十回を超えた辺りで、数えるのをやめました」

「どうして、僕たちが気づくまで黙っていたの?」

「お二人が気づく前に、何とかしたかったんです。毎回説明すれば、不安にさせてしまいます。次には忘れると分かっているのに、何度も怖い話をするのも嫌でした」

「レイちゃんだけが、その怖さを持ち越していたんだね」

「最初のうちは、痛みの場所を記録していました。右足、左足、頭、腕、胸。全員が痛くない時も、何度かありました」

ミランの目が鋭くなる。

「その時、外へ出なかったの?」

レイは答えられず、唇を噛んだ。その沈黙が答えだった。

夏の風が空地を抜けた。葉擦れの音がやけに大きく聞こえる。

「最初は、お二人を助けたかったんです。痛みのない時に外へ出れば、事故でも助かるかもしれないと思って」

「だったら、どうして謝るの。レイちゃんは何も悪くないよ」

「違うんです。私は、初めて繰り返しに気づいた時、よかったと思ってしまいました」

レイは両手で制服の裾を握った。

「まだ二人といられる。これが続く限り、一人にならなくていいって」

都々もミランも、口を挟まなかった。

「母が病気だというのも嘘です。母は、もう亡くなっています。薬草を探すためではなく、どんな無茶なお願いでも聞いてくれる人がいると聞いて、依頼しました」

声が途切れ、レイは何度も息を整えた。

「理由は何でもよかったんです。一日だけでも、誰かと一緒にいて、話をしてほしかった。なのに、こんな事故へ巻き込んでしまいました」

「全員が痛くない回でも、もっと一緒にいたいと思って、繰り返したんだね」

「はい。今度こそ終わらせようと思っても、祈りの直後へ戻れば、お二人がまた笑ってくださる。それを失うのが怖かったんです」

「黒い箱が出た時も?」

「今までにない物が現れて、終わりが来たと思いました。怖くなって、考える前に瞬きをしてしまいました」

「それでいいよ。怖い時に逃げたことを、悪いことみたいに言わなくていい」

都々の声には迷いがなかった。

「でも、今度は三人で決めよう。レイちゃん一人に、終わるか続けるかを決めさせない」

「僕たちにも、帰る結末を選ぶ責任がある。だから、知っていることを全部教えてほしい」

レイは涙を拭い、痛みの種類、反復のきっかけ、世界が薄れ始めた感覚を一つずつ話した。

都々は難しい顔でしばらく考え、やがて両手を腰へ当てた。

「つまり、レイちゃんは都々たちと一緒にいたかったんだよね」

「そんな簡単な話では」

「都々は難しいことを考えるのが苦手。でも、一緒にいたいと思ってもらえたのは、うれしいよ」

ミランも小さく笑った。

「僕も文句はない。嘘をつかれたことより、これからどうするかの方が大事だ」

「まだ、私と一緒にいてくださるのですか」

「事故を抜けたあとも遊ぼう。都々のお助け部は、人手が足りないんでしょう」

「一人しかいないからね。レイちゃん、入る?」

「私には、都々お姉さんのような力もありません」

「都々さんは大ざっぱだから、細かいことへ気づく人の方が必要なんだよ」

「何だって、ミラン?」

「とても素晴らしい、と言ったんだ」

レイは泣きながら、初めて明るく笑った。

反復できる時間には限界があった。空地の輪郭が薄くなり、木々の端が白く滲み始めている。レイの感覚では、残された試行は四、五回。三人は痛みのない回を求め、瞬きを重ねた。

胸。頭。右足。左腕。

痛みは毎回場所を変え、一人が無傷でも、別の誰かに残った。

「来てよかったと思ってるよ。こんな経験、なかなかできない」

ミランの言葉へ、レイは困ったように笑う。

「楽しそうで何よりです。でも、次こそ三人で帰りたいです」

三人は残された反復を、毎回言葉で確かめた。

最初は三人とも胸が痛んだ。息を吸うたびに肋骨の内側が軋み、都々でさえ冗談を言えない。

「胸では踊れないね。もう一度にしよう」

次はミランだけが無傷で、都々とレイが頭を押さえた。

「二人が痛いなら、迷う必要はない。戻ろう」

その次は、レイの胸だけが痛んだ。彼女は大丈夫だと言ったが、都々が手を握り、ミランが首を横へ振った。

「助けるために九か月残るって答えたレイちゃんが、自分だけ我慢して出ようとするのはおかしいよ」

「思考実験の答えを、こういう使い方で返されるとは思いませんでした」

「三人で考えたことは、三人に返ってくるものだからね」

最後から二番目の回では、全員の頭が痛んだ。都々は笑おうとして顔を歪める。

「難しいことを考えすぎたせいなら、都々だけでいいはずなのに」

「こんな時まで自分を落とさなくていいよ」

「次が本当に最後です。どんな結果でも、もう戻れません」

三人は互いの顔を見て、最後の瞬きを選んだ。

第五章#

最後の反復で、三人は祠の前に立った。

都々はどこも痛くない。レイも無傷だった。ミランも、いつもの飄々とした笑みで「大丈夫」と答えた。

だが都々は、ミランの右手がマントの下で胸元を押さえていることを見逃さなかった。

「ミラン。どこが痛いの」

「何のことかな。僕は元気だよ」

「都々が気づかないと思ってる?」

「小指の先が少し痛いかもしれない。それぐらいだ」

「そういう顔をしてる時は、だいたい嘘をついてる」

ミランはいつもどおり肩をすくめた。しかし笑い方が薄く、呼吸の間隔も短い。都々が一歩近づくと、彼はわずかに後ろへ下がった。

「胸が痛いんでしょう」

「都々さんの直感は、今日は外れている」

「ずっと一緒に仕事をしてるんだよ。目を逸らす時も、笑ってごまかす時も知ってる」

「僕が痛いと言えば、二人は外へ出ないだろう。だから、痛くない。それでいいじゃないか」

「よくないよ。都々たちの答えまで、ミランが勝手に決めてる」

レイは二人の言い争いへ怯みながらも、ミランの顔から視線を逸らさなかった。

「本当に大丈夫なのですか。もう一度繰り返せたらよかったのに」

「これ以上は繰り返せない。なら、二人が無傷の今、外へ出るのが一番いい」

「依頼人だけを助ければ終わり、という話ではないよ」

都々は一歩も引かなかった。

「レイちゃんの意思を聞いて、都々の覚悟も止めず、自分だけ残ろうとする。そんなの、何でも屋の答えじゃないでしょう」

「僕は、不老不死みたいなものだから。何かあっても、魔法でどうにかするよ」

「また適当なことを言ってる」

「でも、信じてくれるだろう?」

都々は歯を食いしばり、やがてミランの胸を軽く拳で叩いた。

「信じる。でも、勝手に一人で決めたことは許さない」

レイは二人の間へ手を伸ばした。

「私も、もう一人で決めません。三人で帰ると決めます」

世界の端が光へ溶け始めた。山も祠も黒い箱も、薄い紙へ描かれた絵のように色を失っていく。

「外へ出たら、約束どおりお助け部へおいで」

「はい。いろいろな人を、一緒に助けたいです」

「ミランも一緒だからね」

「もちろん。そのつもりだよ」

三人が答えを定めた瞬間、耳を裂くブレーキ音が響いた。

帰りのバスが対向車を避け、車体を大きく傾ける。身体が横へ投げ出され、窓ガラスが砕けた。ねじれる金属、炎、煙。呼び合う声さえ轟音へ呑まれ、意識が暗闇へ沈んだ。

レイが目を覚ました時、白い天井が見えた。

消毒薬の匂い。カーテン越しの夕日。都々は隣のベッドで身体を起こしており、擦り傷だけで済んだらしい。レイ自身も大きな怪我はなかった。

ただ、ミランだけが眠ったままだった。頭へ包帯が巻かれ、医療機器の規則正しい音が病室へ続いている。

「ミランさんを信じると言いました。でも、やっぱり、都々お姉さんにとって大切な人なのですよね」

都々は答えず、眠るミランを見た。

「最初から、譲る気はなかったんでしょうか。自分だけ怪我をするって分かっていたのに」

「たぶん、なかったと思うよ。そういう格好つけたがりだから」

「私は、何をすればいいのでしょう」

都々はベッドから下り、レイの前へ立った。

「約束したでしょう。都々のお助け部においで。一緒に、いろんな人を助けよう」

「こんな私でも、まだ一緒にいてくださるのですね」

「こんなレイちゃんだから、一緒にいたいんだよ」

都々は涙をこぼすレイの手を引き、ミランのベッドへ歩み寄った。枕元には、事故の中から回収された青いマントが畳んで置かれている。

「起きたら、勝手に格好つけたことを叱らないとね」

「私も、一緒に叱ります」

窓から差し込む夕日は静かで、山頂で見た光よりもずっと近かった。